男の料理

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zoom RSS 男の料理中断の言い訳

<<   作成日時 : 2007/06/11 21:57   >>

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4月に入り田舎の老母の容態が急変し、ついに4月29日92歳の波乱万丈の人生の幕を閉じた。
4月29日10時40分頃静かに息をっ引き取った。妹が最期を見とどけた。不肖愚息無茶庵はゴルフ場で連絡を受けて、4ホールで急遽帰宅し飛行機の手配。
遺体は病院の近くのセレモへいあんに移し一晩安置。無茶庵は家内とともに羽田より最終便で駆けつけて、ここでまずは遺体に面会し、一晩過ごした。
翌日、ここから遺体を式場の近くの霊安室に移送。途中思い出の母の実家近くをゆっくり通過してやった。
霊安室「ききょう」には簡単な祭壇がありそこに安置し、一晩姉妹と過ごした。
5月1日9時頃出棺、火葬場で荼毘に付す。
田舎のしきたりで、通夜を御逮夜と称し遺体を荼毘に付したのちに執り行う。
5月2日6時より御逮夜の儀式。5月3日葬儀と息つく暇もなく事が運んだ。

老齢の母であり親族葬的に簡素にしたかったが、田舎での葬儀のため結構盛大な葬儀と相成った。

後始末などで、結局帰宅は5月5日になった。しかし無事にすんでほっとしたところである。
息つく暇もなく49日の保養と納骨の儀式が待ている。
その様な訳で、無茶庵の男の料理は6月9日の49日と納骨の儀式終了後に再開する予定だ。
思い出せば、母も料理が得意の方だった。特に、アンコウや鱈などの魚料理や山菜などそして白菜のつけもの等には思い出がある。無茶庵の料理とは全く嗜好が違うが、このあたりが血のつながりかと、今頃になって、想いにふけっている。

6月9日大荒れの予想が外れて意外とよい天気になた。おかげさまで、横浜霊園で無事納骨、49日の法要そしてつ中華街での会食と子供孫ひ孫と合わせて28名が集まった大仕事が終わった。
男の料理も今週から再開しよう!

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